みちしるべ
No 221  2012年3月号

目次(文書内リンク)
全国あはき運動交流会参加報告 あはき対策部  生田 行信
こんな風に変わります  正岡 光雄
体験講演とシンポジウム「大震災と視覚障がい者の支援はどうあるべきか」  片岡 慈仲
点字図書館問題についての交渉  有光 勲
無免許マッサージ追放街頭宣伝行動を実施  友永 行保
銀行のサービスについて  恒石 道男
私の医療体験(7)  地主から解放されて17年 ――今でも再発の兆候は見られない  有光 勲
編集後記

全国あはき運動交流会参加報告


あはき対策部  生田 行信
 今年で第9回になる「あはき運動交流会」が、昨年11月19日(土)から21日(月)にかけて東京で行われました。東京開催という地の利もあり、1日だけの参加の方も含めると90名を超える参加者で熱気あふれる集会となりました。高知から、というより四国からは私1名の参加でしたが、その報告をさせていただきます。
 集会の統一テーマは今回で3回目となる「次世代の視覚障害者にあはきのバトンを繋ぐために」で、あはきに関わる様々な問題や対策を共有し、それを若い視覚障害者に繋いでいくという趣旨で、実際に関東地区の盲学校の生徒の参加が5人あり、また繋いでいくうえで役割を果たさなければならない盲学校の教員が3つの分科会ともに司会者を務めました。

 1日目は、まず主催者団体である、守る会の中央組織の全視協、全国病院・介護マッサージ問題連絡会(病マ連)、全国理療教育研究会(あすなろ会)、特養マッサージ師の会(特マ会)から、各団体の課題意識を踏まえた開会あいさつがありました。
 続いて実行委員長である東郷進さんから基調講演がありました。以前には、開業者、病院勤務者、特養勤務者、理療科教員というふうに職種ごとにしか集まっていなかったが、一同に会することで始まったこの集会の意義と、法や制度について深めることができた、モード学園によるあん摩課程新設を食い止めた等の成果をあげてきたこと、そして3年前から掲げるテーマ「繋ぐ」に込めた思いが語られました。

  *特別報告「視覚障害者と療養費問題」
 講師の藤枝昇氏は、茨城盲学校を卒業と同時に開業し、鍼治療専門で32年になり、視力は全盲で使用文字は音声という方です。奥さん(全盲)もご一緒に業をなされているとのことです。開業して約4年後から積極的に療養費の取扱いをするようになり、柔整療養費の取扱いとの違いに憤りを感じたことが、この問題に取り組む原点になりました。藤枝さんは以前、この点の矛盾を是正させるための訴えを千葉地裁に起こし、その後受領委任払いが定着し、療養費の運用が定着したという経緯があります。
 藤枝さんは全盲のため、決められた様式の支給申請用紙には直接書き込めないのですが、未記入の申請用紙にワープロでベタ書きした記載内容を添付し、保険者側で書き込んでもらっているとのことです。法律では必要な記載事項は決められていても、様式までは規定されていないことをもとに、申請しているどの保険者にも認めさせています。通常の方法以外は当初認めようとしなかったそうですが、「何故できないのか?」と問い詰めるのではなく、「どうすればできますか?」と切り返すのがコツだと強調していました。
 療養費での受療は本来、患者さんの医療を受ける権利の問題であり、「ドクターに鍼の先生に頼まれてと頼んでも診断書は書いてくれないよ。自分のこととして頼んでみてください。」と患者さんには説明し、その姿勢の表れとして、藤枝さんからドクターへの盆暮れのあいさつ等もしていないとのことです。

 2日目の午前には、第1「ヘルスキーパー」、第2「医療・介護施設従事者」、第3「開業・訪問マッサージ」の3つの分科会が行われ、私は無免許マッサージ問題も含まれると聞いていた第3分科会に参加し、「繋ぐ」の趣旨から「教員が役割を」ということで、司会を務めることになりました。
 お一人目の指定発言者、東京の小日向さんは病院勤務を定年後開業された方で、「保険治療に取り組んで」という内容で発言してくれました。私達には総務局次長だった小日向さんと言ったほうがなじみやすいかもしれません。患者さんの受療権を保証し、無免許者との差別化を図るという観点から療養費を積極的に取り扱っていますが(平均、月に150件ほど)、最近様々な形で受療抑制が行われていることが報告されました。治療効果の説明を文書で求められたり、委任払いを受け付けない保険者が出てきたり、機械的に1年で打ち切ってきたり、等です。また、視覚障害者の一人開業の課題として、本人が経営者のため雇用助成制度が受けられないこと、営業に関わることはヘルパーさんには手伝ってもらえないこと等、事務処理や治療室の清掃など視覚障害ゆえの経費割増分への何らかの公的助成ができないものかという訴えがありました。
 お二人目として、京都の重田さんから「流行る施術所を目指して」と題して指定発言してもらいました。重田さんは盲学校の理療科教員を退職後、NPO法人つくし会理事長に就任し、訪問マッサージ事業や研修事業を行っています。
 リーフレットやショップカード、HP、治療院前ののぼり旗、マスコミへの取材依頼、新聞折り込み、名刺の工夫など様々な広報活動を行ってきたが、行き着くところは信頼関係であり、そのためには、
・人との繋がりを大切にする。
・電話やメールだけではなく、直接顔を見せる。
・他の医療職種の人やケアマネさんなどを含めた人脈とチームワーク作りを大切にする。
・何かをしていただいた時は、すぐにお礼状を出す。
・情報をキャッチしたらすぐに確かめて活かしていく。
・報告は必ず文字にする。
などが大切であると、実践者ならではのポイントを挙げていました。
 第3分科会のその後の協議の中で目を引いたのは、東京都による就労支援のための委託事業です。様々ある講座の中で、あん摩マッサージについては全鍼師会に委託されていて、3ヶ月間で260時間、講師は全鍼師会会員の中から実務者が務め、3年目となる今期は通算6期目の開催になる。1期平均の受講者は3〜4人。通算受講者14人中12人が就職を果たしており、他の講座の就職率を大きく上回っているそうです。

 午後には、神奈川県大磯で開業され、地元では郡師会の副会長や事務局長を務めている長谷川尚哉氏が「無免許マッサージ・柔道整復の違法請求への対応」と題して記念講演されました。長谷川さんは晴眼者で、業の傍ら母校の神奈川衛生学園などで講師も務めています。無免許問題については、世界各地の徒手による療法とそれらの理論的根拠や制度、そして我が国の場合の歴史的な経緯、法律や当局の見解などを詳細に分析、研究されており、その中から現在の「魑魅魍魎」とした状況に対し問題点を指摘しています。一例を挙げれば、「人の健康に害を及ぼす虞れ」について、元々は「触れているか、触れていないか」を議論してきた行政側の審議のうえで用いられた文言という指摘などは、さらに学習してみなければならないと思っています。

 3日目には、民主党の五十嵐文彦議員の紹介で、厚生労働省交渉が行われました。当日は月曜でしたが、関東を始めとして20名を超える参加者がありました。
 要望項目は全部で23に及び、大項目だけを挙げてみると、
・柔道整復の違法業務、療養費不正請求関係
・無免許マッサージ関係
・マッサージに係る診療報酬関係
・機能訓練指導員関係
・訪問マッサージ関係
となっています。この要望書を読めば、現在のあはきに関わる課題を網羅的に概観することができます。要望への回答は、医事、医療保険、介護保険、雇用対策の各担当者が行いました。
 今回の交渉で私がどうしても確かめたかったことは、地方の保健所や医療行政から正式に文書で疑義照会(問合せ)をしたにもかかわらず、いつまでも無回答ということがあるのかということです。近年の高知市保健所との交渉の中で、「厚労省に対し、ある業者の実態が無免許マッサージにあたるかどうかを文書で疑義照会したが、回答がない。」との返答を受けていたためです。今回の厚労省の私への回答は、「文書で照会されたからと言って必ず文書で回答するとは限らないが、無回答ということはなく、口頭での回答も含め必ず回答する。回答した時点でその照会への対応は終了し、いちいち記録としては残していない。」というものでした。みなさん、この回答をどう思われますか。この高知市保健所の疑義照会への厚労省の対応の具体については、翌日に直接電話で私に回答がありました。それは厚労省内で記録を調査した上でではなく、高知市保健所に電話でいきさつを聞き取って知らせてきたというだけのもので、しばらくは開いた口がふさがりませんでした。中央がこんなだから地方もという気持ちにはなりますが、他県の摘発事例を励みに今までどおり粘り強く取り組んでいくつもりです。

 この集会の関係資料のデータ版(墨字、点字)をCDでいただいています。当日の発表資料の他、あはきに関わる様々な資料が含まれています。また録音は1日目の藤枝昇氏(療養費問題)と2日目の長谷川尚哉氏(無免許問題)の講演がデイジー版で手元にあります。ご入り用の方は生田までお声掛けください。
 終わりになりましたが、守る会から参加費用の補助をいただきました。ありがとうございました。

こんな風に変わります


             正岡 光雄
 久しぶりにこの欄に投稿します。

@街づくり
 電車通り→障害者福祉センターまでの点字ブロック完全敷設旭の障害者福祉センターへの点字ブロック敷設はビューティーデザインカレッジ南角(田所次男さんのお宅から北へ横断したところ)→障害者福祉センターまでは敷設済みでしたが、そこから電車通りまでは種々の事情から施工されないまま約30年が経過しました。守る会としてはずっと要望し続けていましたが、今回やっと実現することになりました。
 畠山さんの前回の「ネッツトヨタ」の件よりも約10倍の年月を要したことになります。
 本会としてはヒロタデンキ→「センター」への敷設をお願いしておりましたが、電停→ヒロタデンキまでの敷設(電車通り)が国道で、おいそれとは実現しそうにないようです。
 それで、とりあえず可能性のある高知市の提案を受け入れることにしました。皆様の中には朝日駅前電停より→駐車場北→細い道路を通行される方もいらっしゃることと思いますが、これは民有地なので直ちには承諾が得られないと思います。
 1月22日現場での説明を聞きました。
10名が実地に歩いての検証です。
 まず、旭駅前通り電停→南へ横断した、角の所から→南への道路です。西側には
約2.5mの補側路があります。その一部を東側に移します。そこに「ブロック」敷設を行います。やはり1.5m幅の補側路を新たに敷設し色を付けて車の進入を防ぎます。ただ、南端の一定部分は1m幅に狭くなります。それから途中の2か所に自動車用交通標識があり、塀の近くを通ると衝突することになります。これについては、「工事終了後、ご意見をいただいた上で、担当係と折衝を行いたいと考えている」との話です。
 やや遠回りにはなりますが、これ以上の先延ばしは望ましくありませんので、提案を受け入れました。

  A県、高知市における防災パンフ作成
 夏の交渉の際にも要求しましたが、防災資料作成が実現することになりました。先日の「災害シンポ」でも視覚障害者にとっての情報の保障は全国的にもきわめて不十分であることが分かりました。
 「障害者福祉センター」の点字ブロック敷設の話し合いの後、県、高知市とそれぞれ時間を変えて交渉しました。
 県としては、「南海地震に備えちょき」の改訂版(点字、音声版)をこの3月に発行する予定だそうです。また高知市としても、初めての試みとして、「ハザードマップ」をやはり3月に作成する予定だそうです。この場合は音声版のみです。「ハザードマップ」とは災害時の際の被害予想を示すものです。ただし、今回作成する音声版は、この「マップ」のうち「地震の揺れ」の状況のみで津波等は含まれません。
 両者とも最近出された、国による「津浪被害への情報修正」のデータは間に合いませんでした。また点字の地図なども全く用意されません。これらの不備を補う新たな資料を早急に発行するようお願いしたところ、「できるだけ早く実現したい」との回答がありました。
 今一般に普及している「地震はプレートの衝突によって発生する」との説(プレートテクトニクス理論)は近い将来修正されるという意見もあり、点字図書館に地震学の資料の充実も直ちに必要になっております。その点について、2月2日に行われた点字図書館との交渉の席でも意見が多く出されておりました。

  B県バリアフリーモニター会議
 1月30日県衛生総合庁舎で、10時から約2時間開かれました。いくつかありましたが、今回はその内で、「あったかパーキング」について触れます。
 これまでに行われていた「駐車場における障害者枠」確保に加えて、新たに妊産婦、けが人、高齢者(要支援2)等も対象に入ります。該当者に対し、利用者証交付、駐車場への表示等が順次行われております。登録が必要ですので県障害福祉課、各福祉保健所または市町村役場等にお申し込み下さい。チラシ等の資料もそこで用意されております。

四国労銀社会貢献活動助成金事業 体験講演とシンポジウム
「大震災と視覚障がい者の支援はどうあるべきか」


             片岡 慈仲
 昨年9月23日の加藤俊和氏をお招きしての講演会に引き続く第2弾として、1月
29日午前10時〜12時、103名の参加者で、県民文化ホール4階第6多目的室に於いて、表記の行事が盛大に行われた。
 守る会青学部の永田先生の総合司会で、会長の開会挨拶、大原女性部長の前回講演会要旨の報告に続いて、藤原学習部長のインタビューという形で坂野智弘氏とお母さまが体験講演をした。
 昨年11月1日から3日まで行われた、第6回サイトワールドで毎日、この大震災に関する講演とシンポジウムが開かれたが、3日目の講演者が坂野さんだった。私がちょうどその日サイトワールドに参加していて、「高知へおいで下さる」よう直接お願いした。坂野さんは躊躇しておられたが、同行されていた木村眼科クリニックの委員長とそこのソーシャルワーカーの佐藤さんが「私たちも一緒に行くから是非お受けしたら」と後押しして下さり、今回いわき市から4人でおいで下さることになったのである。

 〜いつ失明されましたか?
 5年ほど前、糖尿病性網膜症で失明し、現在39歳。避難中に身障手帳を取得し、視覚障がい1級です。
 〜ご自宅が全壊で、4ヶ月間2箇所の避難所を体験され、現在は借上げ住宅でお母様と暮らしていらっしゃるそうですが、避難所での体験をお聞かせ下さい。
 いちばん困ったのはトイレです。水洗トイレの水が出ないのでバケツの水で流さねばならなかったこと、仮設のトイレに座ろうとしたら、電気のコードで危うく首を吊りそうになったり、コップのような物に流す水を入れてあったがそれが分からず、流さずに出てきてしまったこと、ペーパーが切れていたので職員に言うと、「分かりました」と言って置いてくれたが、どこに置いたかを全然教えてくれなかったことなど、大変苦労しました。 
 避難所の職員やボランティアが視覚障がい者への対応のしかたを知らず、「そこにありますよ」などと言われたことが大変困りました。
 食事では、味噌汁を持って来る時にこぼれそうで困った。職員やボランティアはほとんど世話してくれず、隣の方が手伝ってくれました。
 〜視覚障がい者にはすぐにラジオを渡したと聞きましたが?
 私がラジオを受け取ったのは4月の終わり頃です。また、木村眼科クリニックで音声時計のことを教えて貰っていたので、大変助かりました。
 〜厚労省から3月11日の夕方、「避難所の貼紙などは視覚障がい者には読めないので、必ず音声で放送するように」との通知が出ていますが、そういう放送はありましたか?
 お母様 いいえ、そういうことは全然行われませんでした。
 〜いちばん困ったことは?
 お母様 お風呂です。自衛隊が仮設のお風呂を作ってくれましたが、広い所でたくさんの人が一緒ですから視覚障がい者は入れず、40日間入浴できませんでした。木村眼科が病院のお風呂を提供して、送迎もして下さるようになって、初めて入ることができました。ウエットタオルのような物を避難所に備えておいてくれれば、入浴できない時に助かります。

 続いて、高知県立大学の田中きよむ教授のコーディネートでシンポジウムが行われた。
 パネラーはいわき市の木村眼科クリニックの木村肇二郎医院長、同クリニックに勤務する看護師、県社会福祉司の佐藤恵子さん、県の視覚障がい者生活訓練指導員の別府あかねさん、県介護支援専門員連絡協議会会長でケアマネージャーの野村栄一氏の4名だった。
 最初に10分ずつ4人のパネラーが発言した。
 木村 いわき市で平成4年から木村眼科クリニックを開業し、手術中心でやってきたが、平成20年福島県のロービジョンネットワークに参加し、21年佐藤恵子さんを採用し、ロービジョンケアへの取り組みに力を入れ始め、22年視覚障がい者をサポートする組織「縁」を立ち上げ、同年10月よりロービジョン外来を開設し、今日に至っている。そして、昨年3月11日大震災に遭遇した。  
 いわき市の人口は約35万人(高知市とほぼ同じ、死者・行方不明者は347名
(0.1%)、視覚障がい者は1350名、死者は 6名(0.4%)で、単純比較すれば視覚障がい者は健常者の約4倍亡くなっている。
 避難所は137箇所、最高時は約1万5千人が避難していた。
 私たちが視覚障がい者に対して行った支援は、眼科医会としては緑内障の点眼薬、使い捨てのコンタクトレンズ、老眼鏡などの提供、福島県ロービジョン学会としてはロービジョン案内チラシと視覚障がい者識別用の黄色いジャケットの配付、いわき市内の眼科医療機関として、避難所への支援物資の配布などである。支援が不充分だった理由としては、眼科医療機関自身が被害に遭い、眼科医も避難してしまったこと、原発事故と地震、津波でライフラインが破壊され、現地での生活ができなくなったこと、ロービジョンケアをやっているのは福島県105の眼科医療機関のうち6機関しかないこと(高知県では1機関のみ)などの理由が挙げられる。
 日頃視覚障がい患者への取り組みに無関心な眼科医が、災害時に急に関心を持って支援を行うことはあり得ないし、眼科医の倫理観が不充分であると思う。
 当院として行ったことは、避難所への点眼薬、使い捨てコンタクトレンズ、老眼鏡の配布、入院室を臨時避難所として乳幼児と視覚障がい者に提供、炊き出し、クリニックの玄関先での支援物資の配付、視覚障がい者の安否確認(当院視覚障がい患者の身障手帳所持者名簿を災害対策本部の避難者名簿と照合し、視覚障がい者のいる避難所を特定して訪問)、視覚障がい者を送迎しての入浴サービスなどである。
 最後に放射能汚染のことであるが、チェルノブイリと同レベル・広島原爆の168個分の放射能汚染に見舞われ、避難民は15万人(県外へは6万人)を数え、福島県議会は全会一致で原発廃止を決議した。
 当院では線量計を3台購入し、視覚障がい者が使える音の出る線量計も購入した。また、市民放射能測定室を立ち上げ、その活動として、食品の放射線量を確認し、市民の食の安全に寄与するとともに、低線量被曝においても健康被害をもたらすこと、特に食品による内部被曝が重要であること、子どもは大人より数倍放射能に弱いことなどの理解を呼びかけ、定期的な放射能測定の重要性をアピールしている。また、脱原発の市民運動を展開し、放射能汚染のない地球と人類の生存のため、脱原発、核エネルギーから自然エネルギーへの転換を、原子力プラン構成メンバーである国、電力会社、各政党、企業、原発推進学者に要求して、その実現を目指している。
 田中 佐藤さんから、木村眼科クリニックでのロービジョン外来の実際と、大震災の際の視覚障がい者への支援について発言をお願いします。 
 佐藤 2年前から木村眼科クリニックに勤務し、身障手帳該当者のリストアップとデータベース化、ロービジョン対象者への対応に力を入れている。具体的には、210名の方に身障手帳取得を勧め、断られたのは1名のみ。また、市民やご家族に視覚障がい者への 理解を深めて貰うことが重要なので、クリニックに視覚障がい者サポーター養成講座を開設し、ガイドヘルパーに準ずる講座を2回実施し、その卒業生の中から24名がサポーターグループになってくれている。
 大震災の支援としては、病室を乳幼児と視覚障がい者のための避難所として開放、FMいわきで「視覚障がい者の方は当院においで下さい」と呼びかけ、それを聞いた2名のあはき師(半袖の白衣のまま体育館に避難していた)が避難してきた。4日間当院に泊まらせ、お1人は山形にいるご家族と再会させることができた。もう1人の方は東京にお送りし、私の母の自宅に2週間ほど滞在して貰い、母や友人が都営住宅への入居を世話した(行政は何も手助けしてくれなかったし、その方にガイドヘルパーを世話しようとしたが、「その方の自治体からの要請がないと派遣できない」と言われた。その方の自治体自体も大きな被害を受け、電話も一切通じない状態であった)。
 また、毎日ヘルパー派遣を受け、配食サービスも受けていた方が、震災の翌日からヘルパーも来なくなり配食サービスもストップし、お隣の90歳のおじいさんに助けられながら家にある物で食いつないでいたが、ついに食べる物もなくなり(以前に院長の携帯を教えていたので)、SOSの電話が入り迎えに行って当院に避難して貰い、最終的には所沢の国リハにお送りし、社会的入院という形をとって貰った。
 また、デイサービスの所に避難していた方で、他の方と折り合いが難しいということで当院に避難され、その後国リハに入院となった方もある。
 更に、坂野さんを含む3名に、送迎して入浴サービスと夕食の提供を行った。
 田中 別府さんから視覚障がいのリハビリの専門家としてのご提言をお願いします。
 別府 日頃から周りの方が視覚障がい者を正しく理解していること、視覚障がい者自身もきちんとリハビリを受けていることが重要だと思う。社会に対しては、視覚障がい者がどういうことで困るか、それにはどのように対処すべきかを知っておいて貰うことが大事である。
 災害直後、視覚障がい者を手引きして避難する際、道に電信柱やブロック塀が倒れていたりしているのを除けながら誘導するには、正しい手引きの方法を知っていること、視覚障がい者も手引きのされ方を知っていることが大切である。また、視覚障がいといっても全盲やロービジョン、中途視覚障がいなど、個人により困ることが違っている。本人が「私はこうしてほしい、こんなことが困る」とはっきり言うことも大切である。
 大震災後の宮城県の調査で、音声機器を知らない、日常生活用具を申請したこともないという方が半数以上いた。基本的な情報がいかに視覚障がい者に行き届いていないかが明らかになった。生活に密着した情報提供が確実になされねばならない。
 視覚障がいの方が必要な時期に必要な情報を得て社会に復帰するには、医療から視覚障がいリハビリにスムーズに橋渡しできること(医療と福祉の連携)が重要であり、視覚障がいリハビリを充実させていくことが、遠回りのようではあるが、災害時の視覚障がい者支援に必ずつながっていくと思う。
 田中 ケアマネージャーとして、野村さんのほうから発言をお願いします。
 野村 2年前に芸西村で、行政と協力して、要介護・要支援者の避難をどうするかについて、「防災ケアマネージメント会議」を行った。そこでは、災害時以前に行うべきこと、災害時にどうするか、災害後復興期にどうするかの3点に分けて考えた。
 第1段階(災害前)、私たちケアマネージャーは要介護者に介護サービス計画を立てるが、その時に、新たに防災の視点を加えてプランを作成し、そのデータを地域統括センターに送って、災害時に備えての個人データとして保存しておく。そして、災害時にそのデータを地域の自主防災組織や医療機関、消防署などに送り活用する。 
 問題点は、これは介護保険に基づくものなので、視覚障がい者は対象外になってしまうことである。
 第2段階、災害時にケアマネがどう動くのか?実際にはケアマネが利用者の所に駆けつけることはできないのではないか、自分の命は自分で守るという視点が必要ではないかと思う。
 第3段階(復興期)、仙台市で定員50人の所に150人が避難し、せっかく助かった人が医薬品の不足や劣悪な生活環境のため、多数亡くなった。今から避難所のルールやどのような物を備蓄しておくか、福祉避難所を増やす、各障がい種別への対応、支援者の確保などを進めておかねばならない。

 続いて、地震の起こる前、起こった時、復興期の3つの時点に分けて、パネラーの意見を聴いた。

  *起こる前
 木村 各眼科が自分の患者さんの名簿をきちんと整備しておくこと、行政も障がい者がどこの避難所にいるかを把握できるようにしておくこと、他の地区からの避難者も来るので、行政間の横の連絡をきちんとしておくこと。
 佐藤 多くの眼科では身障手帳を取得すべき患者にそれを勧めていない実態があるが、この点の意識を変えねばならない。また、一般市民が視覚障がい者を理解する場を多く設けること、当事者としては、白杖など他の人から視覚障がいと分かる物を保持すること、日頃から情報確保のいろんな手段を身に付けておくこと(メールがいちばん早く回復した)。
 別府 命を守るために、個人情報開示のルールを早急に決めておくべき、視覚障がい、特にロービジョンの理解と啓発、「津波が来たら流されたい、助かっても迷惑になる」などという方がいるが、最後まで諦めない気持ちに視覚障がい者自身がなること。
 野村 福祉避難所というと各障がい種別の方、高齢者などがごっちゃになってしまうので、ケア別に避難所を設けること。 
 田中 昨年4月現在で要援護者台帳が整備されているのは、県下34市町村のうち
10市町村、個別支援の計画を策定している市町村は2市町村のみである。
 
  *地震が起こった時
 木村 私の眼科では患者に私の携帯電話を教えてあり、緊急の時には連絡してくれるようにしてある。常に患者さんとつながっているようにしておくことが大切。
 佐藤 隣近所など身近な人に、自分の視覚障がいを知って貰っておくこと。
 別府 視覚障がい者に対する情報や支援の拠点をあらかじめ決めておくこと、盲学校や点字図書館など視覚障がい者が日頃利用している所を避難所にしておくこと、当事者を含めて普段に避難訓練をしておくこと。
 野村 日頃近所の方との連携を深めておくこと、自分の避難先を日頃から確認しておくこと。
 
  *復興期
 佐藤 地震の後は道がでこぼこになったり、日頃歩いている状況とは全く違ったりしてしまうし、借り上げ住宅や仮設住宅に移ると全く知らない土地に居住することになり、外出などができなくなり、足腰が弱るなどの問題も起こってくる。速やかに災害後の歩行訓練なども考えねばならない。
 最後にコーディネーターが次のようにまとめた。
 田中 視覚障がいの方がどこにどのようにお住まいでいらっしゃるか、それに対してどういう支援が必要なのか、こういうことがまだまだ未整備な状況であることが分かった。そういう中で、所在の把握や支援を求めていく上で積極的に視覚障がい者自身が支援を求めようとしない、あるいは障がいを隠している人もいるという報告があった。これは社会が視覚障がい者を受け入れていないことに根源があるという気がする。当たり前の社会、全ての人が共に生きる社会がまだ実現していないところに問題がある。視覚障がい者を正当な市民として受け入れるという周りの社会、行政や市民の意識がまだそうなっていないという問題が明らかになった。

 このシンポジウムでの貴重な提言や参加者へのアンケートで得られたご意見を基に、今後起こるであろう南海地震での「視覚障がい者支援マニュアル」を作成することになっている。

点字図書館問題についての交渉


              有光 勲
 2月2日(木)13時から、市民図書館で表記を行いました。守る会からは8名が参加し、坂本点字図書館長と、橋本障がい福祉会長に我々の考えを伝えるとともに、今後の点字図書館運営についての考えを聴きました。詳しいやり取りは省略し、要点のみを報告します。
 
22年度ボランティアからの受入 図書の状況
(日本十進分類表に打ち分け)
  *カセット図書 35タイトル
 3類 社会 科学 2
 5類 技術 1
 7類 芸術 1
 9類 文学 31(91%)

  *デイジー図書 57タイトル
 0類 総記(夏季大学など) 2
 1類 哲学 2
 2類 歴史 4
 3類 社会科学 5
 4類 自然科学 2
 5類 技術 1
 6類 産業 1
 9類 文学 35(61%)
 J 児童 5
  
  *点字図書 119タイトル
 1類 哲学 2
 2類 歴史 15
 3類 社会科学 21
 4類 自然科学 13
 5類 技術 3
 6類 産業 3
 7類 芸術 2
 8類 言語 10
 9類 文学 45(38%)
 J 児童 4
 K 郷土 1

  *22年度県購入図書
   カセット図書 2タイトル
 9類 文学 2
   デイジー 図書 7タイトル
 9類 文学 7
   点字図書 20タイトル
 0類 総記(逐次刊行物など) 6
 2類 歴史 1
 3類 社会科学 10
 4類 自然科学 2
 5類 技術 1

現在所蔵する災害関係図書に
ついて
 必ず起きると言われている東南海地震、東日本大震災を機に、地震災害に対する関心が高まっています。これらに関する図書がいくつか紹介されました。ここではその一部を紹介しますので、詳しくは図書館までお問い合わせ下さい。
 「南海地震に備えちょき 生き抜くために」 デイジー 1 高知県地震防災課
 「家庭防災の心得」 点字 1 高知市消防局
 「視覚障害者のための防災読本」 
点字 1 消防庁
 「点字使用者のための防災・防犯対策マニュアル」 点字 2 桜雲会
 「救ったのは人のつながり 高知県西南部豪雨災害体験集」 カセット 5 
国交省四国地方整備局
    
  3.点字図書館職員の状況
      (12年2月、敬称略)
  *正職員
 館長  坂本 康久  業務総括
 係長  青木 利恵  係全般
 佃 鈴子  音訳全般
 濱口 あかね  点訳全般
    
  *臨時職員
 山本 真優  総合目録製作
 里見 由佐  総合目録製作
 渡辺 佐枝子  点訳関係事務補助
 岡松 香織  点訳関係事務補助
 有藤 栄梨  録音図書貸し出し
 津野 尚子  音訳関係事務・対面読書
 和田 規宏  録音図書データデジタル化
 奈比川 あおい  録音図書データ修正
 伊藤 梨那  録音図書データ整理

  4.点字図書館総合目録製作について
 坂本館長「3月末までにデータ入力は全て終わる予定である。その活用法などについてはまだ未定である。」
 「点字印刷はもちろんであるが、パソコンからアクセスして、我々でも容易に必要な図書が検索できるシステムを作ってほしい。」
 橋本課長「いずれにしても建物が先なので、新築移転してからアクセス方法などについて検討していきたい。」
 「過去にボランティアが製作してくれたカセットテープは廃棄することなく、何らかの形で残してほしい。」
 この件に関しては、当日はっきりした回答はありませんでしたが、他県の作業所に委託してデータ化を進めていることが分かりました。

  5.その他
 次のような要望をしました。
 「県の予算も微々たるものであるが、高知市が図書購入の予算化をしないのは理解できない。毎年発行される点字図書もそれほど多いわけでないし、市と県の予算で、全てを購入すべきである。蔵書については、利用者のニーズが充分反映できるよう、図書館としてもっと積極的に関わってほしい。」
 「職員間で充分な連携プレイができていないように思われる。定期的に会議を持ち、意思疎通を図るべきではないか。」
 皆さんもご存知のように、点字図書館、市民図書館が移転新築されます。これまでにも何回か話し合いに参加し、その都度報告してきましたが、まだまだ不確定要素が多くあります。どうか今後も充分注目していただきたいと思います。

無免許マッサージ追放街頭宣伝行動を実施


             友永 行保
 2月5日(日)、気温8℃の時雨の中、守る会と県師会、あん摩マッサージ指圧師友の会の3団体で、13時から14時まで街頭宣伝行動を行いました。参加者は11名、高知市中央公園北口で、「無免許マッサージ業は違法である」と訴えながら、チラシ290枚、宣伝用ティッシュ95個を道行く人たちに手渡しました。
 この問題は古くて新しいものですね。行政機関も一向に取り締まろうという姿勢がありません。関係当局に再三再四交渉しておりますが、一向にらちが開きません。かと言って、違法行為を見逃すわけにはいきません。空しい闘いになりますが、諦めることなく頑張っていきたいと思っております。どうか皆さん、今後もよろしくご協力のほどお願いいたします。 

銀行のサービスについて


恒石 道男
 皆さんはお金の管理はどのようにされていますでしょうか?私の場合、たいした額ではないけれど自分名義のお金の扱いは自己処理で完結したいとかねがね思っていました。見えている頃は、入出金の取り扱いのための用紙に金額や名前を書き込んだり印鑑を押したりしていましたが、その用紙は総じて文字が小さかったり線や枠が細かったりして難儀したことでした。それでも自分で通帳の中を確認したり、お金を引き出したり出来ていましたので、お金の管理について深く考えることはありませんでした。それが見えなくなってからというもの、すべて他人任せで自分のお金でありながら自由にならないと言ったようなはがゆい想いをしていました。
 そうした中、最初の転機が訪れたのはネットバンキングの存在でした。郵貯の口座を持っておればインターネット上で振り込みや送金、残高照会などが出来るというものです。インターネットを始めてから、ネットショップで買い物をすることを覚えましたが、支払いはコンビニ決済か代金引換払い、あるいは郵貯の振替払いと言ったような方法を使っていました。郵便局はあまり近くではありませんし、他の支払い方法だと何百円の手数料が上乗せされますので、それがだんだんと面倒になってきて郵貯のインターネットサービスが始まったという情報に飛びつきました。登録手続きは多少面倒ですが、登録が完了して利用を始めるとこんな便利なものはないというのが実感です。大手都市銀行や県内の地方銀行にもネットでのサービスがあるようですが、私は今のところは郵貯だけしか利用していません。
 次にATMについてです。実は私、初めてATMを自力で操作したのは昨年の春のことでした。カードは郵貯を含めて何枚か持っていますが、ATMの操作は年に何回か必要に迫られた時、家族に任せていました。それまで郵便局には点字表記のボタンがあるATMがあることは知っていましたが、操作が面倒そうだったので自分では利用はしませんでした。四国銀行は行員が訪問してくれていましたし、高知銀行のATMは音声ガイドがついてなかったというわけで操作する機会がありませんでした。
 それが昨年のこと、歩行訓練を兼ねて道すがらあちらこちらの銀行を訪ねて窓口での代読代筆のサービスや視覚障害者対応ATMの設置の状況を確認して回ったことがきっかけとなり、そこでATMの操作を体験することとなりました。郵便局は、越前町も万々のどちらも同じ機械で点字表記のボタンが並んでいるものでした。点字がまだまだ未熟な私にとってこの機械の操作はボタンの確認に手間取るばかりで、相当に練習が必要だと感じました。
 他方、電車通りの本町筋にある多くの銀行や四国銀行では、受話器の裏側に電話機のボタンと同じ配列のテンキーがある視覚障害者対応のATMが設置されていました。受話器を取り、表側にあるボタンを押すと音声ガイドが始まり、それに従ってカードを挿入したり取引内容の選択や金額などを数字ボタンを押し、シャープボタンで確定したりしながら進めていきます。私にとっては、このタイプのものが利用しやすいと感じました。ただ注意しなければならないことは、私のような土佐人のいられは操作案内がちゃんと終わらないうちに操作キーを押したりして、うまく次に進めないことがありますので、案内が確実に終わってから操作をするということです。このところ新規に導入されているものは、このタイプのもののようです。
 銀行巡りのひとコマですが、窓口での代筆についてはまだ各金融機関で必ずしも対応が横並びになってるとは言えない部分もあるようですが、一応の制度化がされたということで、省略します。
 ATMについて、自宅から歩いて15分くらいの町内にあるひとつの銀行ですが、視覚障害者対応のATMは設置されていませんでした。そしてその銀行のATMボックスが自宅のすぐ近くにありましたが、そこのATMも対応していませんでした。銀行を訪れる大変さや引き出しの不便さなど説婦負すると、とりあえず自宅を訪問するようにするという返事がありました。それからしばらくの後、必要に迫られたことがあり電話すると行員がふたり連れでやって来ました。用事を済ませることは出来ましたが、こちらとしてはありがたいという想う反面、素直には喜べない気持ちになりました。この銀行については、近くにあったATMボックスが昨年秋頃に近くのコンビニの駐車場の一角に移転した際に視覚障害者対応のものが設置されました。
 次に近くにあるもうひとつの銀行についての話です。この銀行は以前から毎月外交の行員が訪問してくれていましたが、それが人員の関係で、訪問がなくなり、用事がある時は出向かなければならなくなりました。窓口では代筆もしてもらえて、用事を済ませることは出来ましたが、その時設置されているATMは視覚障害者対応のものかどうかと尋ねると、対応はしてないという返事でした。念のため近辺の支店の状況など本店に確認してみるということなので、待っていました。しばらくして、確認したところどうやらうちのATMも視覚障害者対応のもののようだという返事で、コーナーに行き触ってみると受話器にテンキーがついた音声ガイド付きのATMでした。数年前に増改築がされた時に設置されたのかも知れません。また、今までに視覚障害者の利用があったのかどうか、また問い合わせがなかったのかも知れませんが、そこにいた銀行員みんなが知らなかったことに驚きました。
 今は自分でATMの操作にもだいぶん慣れてきました。ただ、記帳についてはATMでは難しいので窓口か家族にしてもらっています。私自身、以前はカードとかインターネットでの買い物や支払いにはアレルギーのようなものがありましたが、便利さを知ったことで今はなくてはならないものになっています。他に銀行のサービスとして、点字の取引明細やテレフォンサービスなどもあるようです。今後とも、自分に利用しやすいサービスがあれば上手に活用していきたいと思っています。

私の医療体験(7)


   地主から解放されて17年
   ――今でも再発の兆候は見られない
              有光 勲
 このコーナーの1回目は、私ががん宣告を受け、幸いごく初期であったために命拾いをした話を書いた。早期発見、早期治療の必要性を強調したつもりであるが、教訓にしていただけただろうか。今回は、長年苦しめられていた「地主」、そう、いぼ痔から解放された体験をお話ししよう。
 実は、日本人の3人に1人はかかっていると言われている。昔のトイレは汲取り式で、冬には冷たい風が吹き上げてくる。私は出し切らないと気が済まないので、つい長くなってしまう。そんなことも重なって、20歳代からいぼ痔の症状は出ていた。
 そのうちにだんだんひどくなり、排便痛と出血が起こるようになった。妙なもので、どんなに酒を飲んでも辛い物を食べても、出血をしない時はしない。ところが、出血が起こると何日か続き、そのうちに止まる。そのような繰り返しであった。私の場合内痔核なので、排便時以外は全く症状はなかった。月日が経つうちに更に悪化して、排便の度に粘膜が大きく押し出されて、指で押し込まないと納まらなくなってきた。
 そんな時、高知市内のO肛門科の存在を知った。院長がラジオで話しているのを聞いて、手術を受ける決心がついた。1994年8月8日に入院し、翌9日に手術を受けた。
 手術に当たって、覚悟を決めていたことがある。それは、腰椎麻酔の穿刺がよほど痛いであろうということである。いよいよ手術台に上がった。横になってエビのように丸くなる。「さあ来い」と身構えた。「針を刺しますからちょっと痛いですよ。」「はい、お願いします。」腰椎の横にチクッと針が刺さった感じ。「麻酔ができましたから、うつ伏せになって下さい。」という。あまりにあっけなかったので驚いた。よほど覚悟を決めていたからか、それとも医者が熟練していたのか、おそらくその両方であろう。
 いよいよ手術が始まった。左大腿部の下に大きな電極を置く。切り取った所を電気で焼き付けるためだ。そのため、縫合はしないので、後で糸を取る必要はない。ジージーという音がする。患者をリラックスさせるためであろう。手術しながら医者が気軽にいろいろと話しかけてくる。もちろん、手術中は何の苦痛もない。30分足らずで終わった。結構悪化していたということで、5ヶ所切り取ったという。
 術後は何日か痛みが続くが、そのうちに納まるので我慢をするようにと言われた。しかし、別にたいしたことはなかったので、貰った痛み止めを飲むことはなかった。排便も普通にしてよいし、次の日からは風呂に入ることもできた。排便後は温水でよく患部を洗い、消毒綿で消毒する。温水便座になっていたので手間はかからない。
 1週間ほどで退院した。しかし、それですぐによくなったというわけではない。患部をよく洗うこと、充分に消毒すること、患部に下着が触れないようにガーゼを当てておくこと、排便はできるだけ短時間で済ませることなど、注意しなければならない。完全によくなったと実感できたのは、1ヶ月以上経ってからのことであった。
 ありがたいもので、それ以来嘘のように完全に治った。ちょっとオーバーに言えば、今でもトイレに行くのが楽しみなぐらいである。ということは、手術前は排便がいかに苦痛であったかを物語るものである。あまり診て貰いたくない場所なので、つい病院に行くのも億劫になってしまうだろう。しかし、医療には恥ずかしいも何もない。そのことを自分自身に言い聞かせることである。妊婦が産婦人科に行くのを恥ずかしがっていたのではどうしようもない。言うまでもないことであるが、いい病院、いい医者にかかることが大切である。そうでなければ治るものも治らない。
 高知放送で毎週水曜日の午前10時半頃から、「こんな時どうする」という医療に関する番組が放送されている。4人の医者が持ち回りで担当しているが、その内の一人に私の手術をしてくれたO医師がいる。
 痔で悩んでいるあなた、きちんと治療を受けなければ損ですよ。それに怖いのは、痔からの出血だと思っていたのが、がんであったということもある。今回もまた教訓にしていただければ幸いである。

編集後記


 医療体験をお持ちの方はまだいませんか。この誌上で報告してかまわない方は、是非ご投稿をお願いします。ちょっと長くなった記事もありますが、重要な内容ですので、2回に分けずに掲載します。  
 ご意見やご感想を係までお寄せ下さい。



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