みちしるべ
第238号
目次(ページ内リンク)
◆「全視協第32回埼玉大会社員総会」報告 井上 芳史
◆第49回守る会総会(2015年度) の報告 生田 行信
◆女性部総会報告 「ほんとにうらめしい雨!」 畠山 俊惠
◆要配慮者のことを共感した初めての「点字大活字ハグ」大会 藤原 義朗
◆感動したお弁当の話二つ 大黒 妙
◆「山ちゃんを訪ねる会」報告 井上 芳史
◆ひさしぶりに守る会総会に出席して 山崎 豊子(千光士 豊子)
◆洋上で迎えた新年(2) 曽田 美紀
◆ちょっと一言 がんもどき理論をどう考えるか 有光 勲
◆越前町商店街への点字ブロック、エスコートゾーン敷設について 正岡 光雄
◆女性部代表者会議の報告 「やっぱり参加してよかった!」 畠山 俊惠
◆守る会の会計にご理解を 山崎 辰雄
◆編集後記
井上 芳史
全視協が一般社団法人となり、定款によって地方組織を社員と呼ぶようになりまし
た。以前の代議員総会にあたります。重点課題として6項目が決まりました。
1.60歳問題:障害者は自立していくために障害者サービスがあるのに、65歳
になると介護保険サービスに移行していく。介護ではなく自立のためのサービスを実
施するよう訴えていく。
2.あはき法19条を堅持:無免許マッサージが横行している中、晴眼マッサージ
養成課程が新設されようとしている。あはき法19条には「視覚障害者である按摩マ
ッサージ指圧師の生活が著しく困難とならないように・・・新設を承認しない」と書
かれており、視覚障害者の仕事を守っていく。
3.職場介助者制度の拡充:この制度は障害者が雇用を維持していくためであり、
89年に実施、視覚だけでなく上肢・聴覚障害などに広がり、3年から10年そして
、15年と延長された。視覚の場合、事務職だけでなく多くの職種に適応させていく
。
後の3項目は継続します。
4.静音車に疑似エンジン音を:「音を出さない車は危険車」という標語で訴えて
いく。
5.視力の和で障害者手帳の等級が決定:両眼が1.0の人は2.0見えるのか?優
位眼(見える側)の視力で等級を決定してほしい。今年度、審議会で検討されること
になっている。
6.自筆ができない視覚障害者の意思表明の方法を検討していく。
○「就労と合理的配慮事項」分科会報告
厚労省の「障害者雇用と合理的配慮事項」検討会での指針について話し合いが持た
れた。
その指針の中に合理的配慮に関する基本的な考え方に「事業主の義務であるが、そ
の意向を十分に尊重した上で、過重な負担にならない範囲で措置をこうずる」という
内容がある。
視覚障害者に対する合理的配慮に関する事例をみると
1.採用試験では点字、音声等による実施、時間の延長を行うこと。
2.採用後は業務内容、相談に関し、担当者を定めること。
3.採用後は拡大文字、音声ソフト等の活用により業務が遂行できるようにするこ
と。
4.職場内の机等の配置、危険個所を事前に確認すること。
5.移動の支障となるものを通路に置かない等、職場内での移動の負担を軽減する
こと。
などなどあげられているが、この内容は現時点とさほど変わらない。なぜこのよう
な配慮内容になっているのか。
1.事業主が合意できない内容は書かない。
2.雇用納付金の財政が厳しくなってきている。などが考えられる。
人的サポートが抜けていると話し合われた。
合理的配慮事項によって障害者にとって働きやすい職場ができると思っていたが、
この分科会に参加し、期待薄れであることが分かった。
生田 行信
6月21日(日)、高知市障害者福祉センターにおいて、今年度の守る会総会が行わ
れました。今年で総会の回数は第49回ですが、会の結成50年を迎える中での開催
でした。
開会にあたって井上会長から、「40人という例年にない多くの会員の参加で総会
を開催できることを喜びたい」と挨拶があり、会場から拍手がわき起こりました。戦
争立法とも言われている安保法制をめぐる動きなど、障害者の人権や暮らしにとって
重要な問題が起こっている中での総会である。活発な議論をして諸問題に取り組んで
いきましょう、と呼びかけました。全視協の田中代表理事と大阪守る会の氏野会長か
ら寄せられたメッセージを、賛助会員の町田さんが披露してくれました。
議事に入るに当たって、出席者40人、委任23人 会員66人に対し過半数で、
総会の成立が確認されました。議長には、片岡慈仲さんと津野一美さん、選管には大
原保子さんと北村みずほさんが指名され、拍手で承認されました。今年は役員改選の
年であり、選管から会長1名、副会長2名の立候補、推薦を受け付けるので、議事終
了までに申し出てほしいとの公示がありました。
議事は、まず2014年度活動報告が各担当部長から、会計報告を山崎会計部長、監査
報告が津野一美さんから、2015年度の活動方針(案)が一括して井上会長から、同予
算案が山崎会計部長から行われ、活発な議論の後、拍手で承認されました。
質疑の概要は以下のとおりです。
●訪問マッサージについて
視覚障害者の雇用の確保の観点から、まず現状の把握を目的に、従事する人たちや
業者の集まりを持った。同意書が取りづらくなっている等の現状に対し、打開策を探
る取組の足がかりとしていきたい。
●無免許マッサージとの差別化対策
高知県と高知市が昨年から実施している届出事項証明書は、現時点で23名が申請し
ている。国レベルの話としては、携帯型の免許保有者証が実現の運びのようである。
今後の状況を全視協と連携しながら注視し、情報を皆さんに伝えていく。
●学習会の企画について
「混合診療を認める」「効能の表示規制の緩和」などなど、国民にとって心配な制
度改革が、与党の圧倒的多数のもと、どんどん推し進められようとしている。このよ
うな暮らしに密接な動きについても情報共有したり、意見交換する場を求めたい。
●守る会結成50周年記念誌
今年は会の結成50年を迎える。これを記念して「結成50周年記念誌」を発行す
る。年内には仕上げたいと考えている。原稿執筆など協力をお願いしたい。
●トイレ問題
トイレ内の配置をせめて公共の施設については統一をお願いしたい。高知市役所が
建て替えられるが、この際ぜひお願いしたい。援助者の立場からも、異性にはついて
入れないので困ったことが度々ある。点字民報増刊号でも特集として取り上げられま
したが、やはり切実です。
●点字ブロック
建て替えられる高知市役所の庁舎内や周辺に、要望に添って警告ブロック、誘導ブ
ロックが敷設されることが約束されました。ブロックの突起の高さは、色々な高さの
ものを検証しながら進めていくという趣旨であることが確認されました。
●公共交通
要求運動の成果として、奈半利線の各駅の自動券売機に障害者にも使いやすい表示
がなされ、感謝している。
●参政権
この春の統一地方選で初めて点字投票の準備がなされた自治体があり、今までは口
頭、代筆での投票をさせられていたようです。投票の秘密に関わる重要な問題です。
本人や家族だけで解決しない場合は、ぜひ役員にご相談ください。
●盲学校の今後について
かつて盲学校の移転阻止の運動を行い、交通の便利な現地で建て替えができて、単
独通学の指導も行えるなど、本当に良かったと感じている。現在、江の口養護学校の
在り方について検討委員会がもたれているようだが、盲学校も少人数化に伴い他の特
別支援学校との統合の動きがでるのではないかと心配している。みんなでアンテナを
張って情報を集め共有し、いざという時には機敏に対応しよう。
●レクリエーション
会の活動は、学習や要求運動とともに、レクの活動で活性化していく。楽しい内容
、普段なかなか会えない会員との交流など、元気の出る企画で盛り上げていきましょ
う。
●会計について
支出の決算額が予算額と全く同じになっている項目についてだが、予算額との過不
足はその部内会計において次年度に繰り越したり補ったりしているということである
。部内会計については、年度末の役員会で報告し確認をしてもらっている。
点字出版部の会計についてであるが、一種の事業所のような性質であり独立性が高
い。収益の一部を支出として守る会に補助しているが(一種の寄付と言ってもいい)
、収入として守る会から補助や繰り入れをもらってはおらず、会計は完全に独立して
いる。従って守る会の総会には収支を報告する義務はない。今後のこととして、正式
に事業所としてはっきり独立させたほうがよいという意見もある。
最近の販売活動は消毒用エタノールくらいである。「販売利益」の5万円は、今ま
での収益の蓄積からの入金である。
●要求の集約
・道路の白線が色々なところで薄くなってい
る。
・合併後のとさでん交通は10月に大きな改
訂があるらしいが、要望がいろいろある。
・はりまや橋の空港連絡バス乗り場にトイレ
がない。(コンビニのトイレか、地階のト
イレしかない)
具体的な要望がどんどん出てきましたが、時間が足りなくなり、それぞれで正岡自
治体対策部長に集約していくことになりました。
つづいて、安保法制の動きに反対する内容の総会決議(案)が、時久さんの朗読に
より提案されました。障害者は平和な世の中でこそ人権が保たれる、戦争は新たな障
害者を生み出す悲惨な行為、それを可能にする法制化に断固反対するという趣旨です
。大きな拍手で承認され、各政党と高知県選出の国会議員に、翌日ファックスで送る
ことが確認されました。
選管の大原さんから、会長に井上芳史さんが立候補、副会長には井上さんから有光
勲さんと正岡光雄さんの2名の推薦があったことが報告され、拍手で承認されました
。
井上会長から各役員の候補が以下のように発表され、拍手で承認されました。
事務局長ー井上芳史
事務局次長ー生田行信
学習部長ー藤原義朗
あはき対策部長ー浜口誠一
編集部長ー有光勲
機関誌部長ー生田行信
自治体等対策部長ー正岡光雄
女性部長ー畠山俊恵
青学部長ー北代麻衣
財政部長ー山崎辰雄
レク部と組織部は、役員会で検討
監査委員ーー北村みずほ、大黒妙
最後に有光副会長から、今年は守る会結成
50周年である、40人も集まってくれてとても嬉しく感じている、懇親会では楽し
く飲みましょうとの挨拶があり、今年の総会を終了しました。
畠山 俊惠
2015年度の女性部総会を3月29日(日)に行いました。3月に総会を開くの
はもちろん初めて。「どこかで花見をしながら総会をしたら?」という提案があった
ので、3月29日ならちょうど桜も満開の頃だと思い、その日に城西公園で総会を開
くことにしました。
大原保子さんの家にお弁当を届けてもらい、そこにみんなが集合して、お弁当を持
って城西公園に行く予定でした。
週間天気予報では雨は降らないと言っていたのに、日が近づくにつれて雲行きがだ
んだん怪しくなって、土曜日の夕方の天気予報では、日曜日の午前中の降水確率は8
0%と最悪の状態に・・・。「しかたないねえ」と言いながらお花見は断念して、小
高坂更生センターで総会と交流会をすることにしました。日曜日は予報通り雨がしと
しと降っていました。
総会の出席は8名、委任は4名。女性部のメンバーも年齢が高くなるにつれていろ
いろ状況も変わり、家族の介護や孫の世話などなどみんなそれぞれ大変で、昔のよう
な元気はありません。
実を言うと、昨年4月の総会でみんなで話し合った結果、「女性部は廃部」が決定
していました。そのことを知った全視協女性部の役員の方から心配の電話やメールが
ありました。「縮小した形でもかまわない!なんとか女性部を残すことはできないの
だろうか。」というのが皆さんの共通の願いでした。
5月の連休に広島へ来られていた女性部長の菅野さんが高知まで足を延ばして、皆
さんを代表して説得に来られたのです。大原保子さん、片岡幸子さん、畠山の3名が
菅野さんと「はりまや宗徳」で食事をしながら2時間ほど話をしました。
高知女性部の存続を強く願う菅野さんの熱意に動かされた私たちは、週末にみんな
に集まってもらって、「今後の女性部について」もう一度話し合いをしました。
「総会で一度決まったことを覆すのはどうかと思う。」という意見も出ましたが、
最終的にはみんなが納得してくれました。「とにかく無理をせず、たまにみんなで集
まって食事でもするくらいの気軽な感じでえいがやない?」ということになり、女性
部を残すことにしました。
その日に、女性部長が大原保子さんから畠山に変わり、副部長を保子さんが引き受
けてくれました。ほかの役員は置かず、暫くは部費も集めないということになりまし
た。
そういうことで、今年度の総会は議長も書記もいない、議案書も無いというそれは
それは緩やかな総会で、畠山が活動報告をし、保子さんが会計報告をして、みんなに
承認してもらいました。
城西公園でお花見をしていたらもっともっと盛り上がっていたかもしれませんが、
ほとんどの人がお茶を飲みながらの交流会でした。それでもいろんな話が飛び出して
、声もだんだん大きくなり、まさに話の花は満開に・・・。
久しぶりに楽しい一時でした。
藤原 義朗
避難所運営ゲーム(ハグ)は、避難所のH、運営のU、ゲームのGの頭文字をとっ
てHUGと呼ばれ、2007年に静岡県で考案されたものです。2百枚以上の避難者個々
のニーズカードや「トイレがてんこ盛りです。どうしましょう」などのイベントカー
ドを、参加者が受付役になって、避難所に見立てた体育館や教室などに貼り付けてい
くワークショップです。
○守る会で行なった意味
このゲームが各町内会や防災会で行なわれてこそ、要配慮者のことが分かり対応力
が付くと言われています。要配慮者支援を行なっている、ゆめ風基金から助成金をい
ただき、この度、点字および・大活字のハグセットを守る会で作りました。
地域の会でハグ大会が行われる時積極的に参加し、私たちが視覚障害者のことを語っ
ていく力を付けることが目的です。
○4月26日、市民図書館には、守る会会員関係者、生活訓練指導員、役所関連、一般
市民など27名の参加がありました。
守る会賛助会員でありNPO市民会議で活動されハグの指導をされている山崎水紀夫
さんにリードしてもらいながら進めました。
@5つのグループに分かれました。
A体育館やプール、校舎、運動場の立体図を触
りました。
B校舎の1〜3階までの教室や図工室・家庭科室
など配置の立体図を触り確認しました。
C模造紙大の体育館に見立てた立体図に、避難
者のカードを並べて行きました。
グループによっては避難者の住所ごとに体育館に配置していく組、高齢者やペット
同伴者など、どんどん教室に配置していく組などに分かれました。また、盲導犬同伴
の家族には、3つのグループが体育館、2つが教室に配置など判断が分かれました。
このゲームには、答えはないものです。
このゲームを通じて、いろいろな要配慮者のことを知り対応力を付けていくものです
。
仙台市の東四郎丸児童館という避難所は、担当された役所職員4人の内3人がハグを体
験されており、スムーズに対応ができたと言われています。
参加者からは、「いろいろな人のことを知ることができた」「参加して初めてハグ
の意味が分かった」など意見が聞かれました。
今回作った点字大活字ハグセットは、これから全国あちこちで活用していただきたい
です。藤原までご連絡ください。
[ハグカードの例]
85 イベント番号【19】
災害対策本部ですが、ポータブルトイレ20個
が明後日昼に到着します。
86 世帯番号【22】
西浦432【西浦4班】
来府(らいふ)さん
【男48歳】半壊
○世帯主、妻、長男
夫婦とも全盲の鍼灸(しんきゅう)師と長男。
夫は盲導犬を連れ、妻は白杖を使ている。
158 世帯番号【31】
東池543【東池2班】
金具(かなぐ)ちゃん
【女O歳】半壊
世帯主、妻、長女、○次女
次女は、生後20日。おむつが足りない。
159 イベント番号【25】
災害対策本部ですが、明日、総理大臣が
見舞いに来ます。総勢20人とのことです。
大黒 妙
〈その1〉
娘がこの春、中学生になり、毎日のお弁当作りが始まった。これまでも、職場に持
って行くこともあり、さほど苦には思わなかったが、自分だけのを作る時とはやはり
気合いが違う。栄養バランスや量は勿論、彩りも重要。赤、緑、黄色が揃うと、お弁
当は一段と美味しそうに見える。できるだけ3色揃うように工夫している。
お弁当にまつわるちょっといい話。
友人から聞いた話だが、彼女は高校生の頃かなり荒れていて、近所でも評判の不良だ
ったという。夜遅くまで遊びまわり、家族が寝静まってから帰宅することも度々。台
所の電気をつけると、いつも食卓に一人前、お皿にきれいに盛り付けられた晩御飯が
あった。たとえ、一口も口をつけなくても、次の日もまた次の日も…。
そして朝、遅刻の常習犯だった彼女が起きる頃には家族は誰もいない。でも、食卓に
は毎日お弁当がポンと置かれていた。
今では彼女も中学生の女の子のお母さんである。「母はホントにえらかった。あの頃
は反抗ばっかりしよったけど、毎日のあの晩御飯とお弁当が、私と家族をつないでく
れちょったと思う。今、同じことを子供にしろと言われても絶対ようせんわ。」と笑
う。
いやいや、そんな事はない。きっと毎日のお弁当作り、さぞかし頑張っていることだ
ろう。
〈その2〉
もう一人、私の身近に素敵なお弁当ストーリーを聞かせてくれた人がいる。職場の
上司である。上司と言ってもまだ30歳。仕事ができて顔もジャニーズ系、運動神経抜
群の、スーパーイケてる人である。
彼が小学3年生の時、お母さんが病気で亡くなった。彼は長男、下に弟と妹がいる
。
お父さんはそれから独りで兄弟3人を育てた。星一徹さながらのそれは厳しいお父さ
んで、怒り出すと近所の人が「もうやめてあげて」と止めに入るほどだったという。
今なら虐待だと通報されるかもしれない。
「本当に父親の怒り方は理不尽で、自分と弟はしょっちゅうボコボコにされ、妹はそ
れを見て震えていた。」
その恐いお父さんが、子供たちが中学に入ると毎日お弁当を作ってくれた。毎日、
レトルトの焼き肉をレンジでチン!それをご飯の上にのせた「焼き肉弁当」。週一回
くらいはスーパーのお惣菜とか塩鯖が入るらしい。いくら肉が好きでもさすがに何日
も続くと飽きてくる。ある日、友達がその焼き肉弁当を見て「お前の弁当、いつも肉
でえいなあ!ちょっと分けてくれ。」と言ってきた。友達のをのぞくと、卵焼きやら
ウインナーやら、いろいろ入っていて美味しそう!
「じゃあ、お前の卵焼きと交換!」 こうして、二人のおかず交換は始まり、恒例と
なった。
「友達のはあまり肉はないけど、ポテトサラダやらニラ玉やら僕の大好きなおかずが
日替わりで入ってて。毎日いろいろもらって食べてたから結構バランスは取れてた。
」
なるほど…。
数年前、お父さんと差しで飲む機会があったらしく、あの鬼のように恐かったお父
さんが「自分の子育ては間違うちょった。長いことほんとにすまんことをした。」と
謝ってくれたそうだ。「気付くの遅過ぎやろ!って言ってやりましたよ、まったく。
」
長男の彼は一番被害を被ったようで、そう言いたくなるのも無理はない。でも、遅
かったかもしれないけれど、それに気がついてちゃんと謝れるお父さんはやはり立派
だと思う。奥さんをなくして小さな子供3人抱えてお父さんも必死だったのだろう。
その気持ちはちゃんと子供たちに伝わっている。たまに兄弟3人集まると、お父さ
んの焼き肉弁当の話になるのだとか。
今夜もまた、明日のお弁当は何にしよう?と考えている私。時にはしんどい日もあ
るけれど、これからもせっせとお弁当作りを頑張ろう!と思う。
井上 芳史
去る3月15日に8名で元気号に乗って田野町の山崎定昭さんを訪ねました。
印象に残ったのは海水から塩を精製する体験をしたことです。施設は4月からの東
部博にオープンでしたが、山崎さんの働きかけによって特別に開いてくれました。地
上から3m 程の高さにタンクがあり、海から海水をくみ上げます。タンクに貯まった
海水はシャワーのように下に振り下ろします。そしてまた、タンクにくみ上げる工程
を何度か繰り返し、水分を蒸発させ、塩分の濃い海水にさせます。次にその海水をビ
ニールハウスの部屋にある升に入れていきます。升の大きさは縦・横1m 深さ10cm
程度で海水を3cm 程の深さまで入れて放置します。ハウスには升が50個程ありま
した。ビニールハウスの熱で水分が蒸発し、塩の結晶ができていくのです。その結晶
をスコップのようなものでくみ上げ、ざるの中に通すと結晶だけが残ります。さらに
脱水すると塩ができるのです。
山崎さんの施術所「楽々堂」は待合室にはランニングマシンがおかれ、治療室には
ローリングベットなど効率良く配置されていたように思います。
奈半利ホテルで昼食と軽くビール、30年程前の卒業生の松本さんも来られ、懐か
しく会話をすることができました。
元気号は新車で快適でしたし、塩はお土産として持ち帰り料理に使うことができま
した。次に行く時はこだわりラーメンを食べたいなと思いながら帰路につきました。
山崎 豊子(千光士豊子)
ぺーパードライバーならぬ、名ばかりの賛助会員であったことを申し訳なく思って
います。久し振りに懐かしい皆様にお会いでき、ルーモで活動していた頃を懐かしく
思い出しました。また若い会員の姿を頼もしく感じました。
ここ福祉の町田野町に移りましたのは平成24年9月でした。夫は一足早い4月に帰っ
て、治療院は土日営業から平日営業になりました。四国一小さい田野町は買い物に出
かけても、車にも人にも会わない、なんとのどかでゆったりした町だろうと心が解放
されるようでした。でもこれが深刻な高齢化社会の現実なのだと解るのに時間はかか
りませんでした。なにしろ退職して帰ってきた私を「若い人が帰って来てくれた」と
歓迎された意味もようく解りました。
福祉の町田野町にも無いものがいくつか有ります。まず玄関の田野駅にはエレベー
ターがありません。車椅子の方は隣町の奈半利駅を利用しタクシーを使います。高齢
者には危険なほどの階段です。 次に視覚しょうがい者の使用できるタクシーチケッ
トがありません。 そして一番驚いたのは点字投票が出来なかったことです。三度の
選挙があり一度目は不在者投票時のこと。役場入り口のロビーで衝立もなくプライバ
シー丸裸のなかでの、口頭投票でした。あまりの無理解と人権無視に腹がたちました
。二度目は、今度こその気持ちで会場に入ったものの、用意されていませんでした。
夫より私のほうが選管に食ってかかってしまいました。次回には必ず用意しますとの
ことになりました。三度目はこの春の統一地方選でした。やっと念願の点字投票が出
来ました。過去にも点字投票がされていたようですが対応の遅さは田舎だからですか
ねえーと思ってしまいます。
今後の夫の取り組みですが、守る会のご協力をいただき、鍼灸あんま施術券の使用
が実現できるよう活動していきます。また視覚しょうがい者をもっと理解していただ
くための取り組みもしなければなりません。あとは個人的になりますが、お四国の歩
き遍路さんの足のお疲れとりお接待を考えています。以上それらを妻の立場でサポー
トしていきたいと思っています。
両親の介護の入り口に立って、元気で居なければと思っているこのごろです。絵手
紙に支えられてがんばっています。今後とも宜しくお願いします。
曽田 美紀
*12月29日(月)
この日からグアム・サイパン時間(日本時間より1時間早い)。
8時に部屋のテレビでにっぽん丸の位置を調べたが、北緯22度28分の位置まで
南下していることが分かった。外気温も22度と相当暖かくなってきた。
「瑞穂」で朝食(和定食か洋食ビュッフェのどちらかを選べるのだが、この日には
和食を選んだ)の後、8時30分までにラウンジ「海」へ行き、お茶席の整理券の配
布が始まるまで私は「海」の入口付近でジグソーパズルに向かっていた(だが、1片
も組み立てられなかった)。私たちは9時の分の整理券を貰うことができた。
9時、7階のホライズンラウンジの奥にある茶室「吉野」へ行き、畳の上に座った
。お点前を見ることはできなかったが、スタッフが1人分ずつお茶を運んできてくれ
た。お菓子は雪の結晶の焼印が押された饅頭だった。
10時30分から11時までホライズンラウンジでくつろぎ、カプチーノを飲んだ
。朝食が和食だったので昼食は洋食にしたいから、と思い、昼食を「春日」でとった
。普段食べないビーフストロガノフが出た。
14時から14時45分まで、7階のプールサイドで恒例の餅つき大会が開かれた
。本来はスポーツデッキで開かれる予定だったが、船の揺れが強いため場所が変更に
なったのである(プールの使用も中止。プールには防水シートが張られていた)。ス
タッフが餅つきの準備をしてから、参加者が法被を着て順番に杵で餅をついた。主人
と私の番になった時、一緒に杵を握って「よいしょ」の掛け声に合わせて餅をついた
。だが、今回は1人当たり5,6回ずつしかつかせて貰えなかった(人数が多かった
ので)。
餅をつき終わってから、デッキに出て階段から8階(屋上)へ上がった。スライデ
ィングルーフの周りのウォーキングトラックを半周し、サンデッキのチェアでしばら
くくつろいだ。その後、トラックの残りの半周分を歩き、階段を下りた。
14時45分からラウンジ「海」で筝曲のコンサート。餅つき大会でついた餅が出
された。あんころ餅、きなこ餅、からみ餅(大根おろしをかけた餅)の3種類だった
が、大根おろしかけがあるのは意外だった(大根おろしを餅に添えるのは、健康上の
配慮から?)。
この日にも18時から落語を鑑賞した。
19時30分から「瑞穂」で夕食(和食)。その後部屋でしばらく休んだ。
21時、5階船首部のネプチューンバーへ行った。私が「クルーズ中に行ってみた
い」と思っていた所である。ネプチューンバーは大人の時間を過ごすのに最適な空間
で、幻想的な雰囲気だった。私たちはにっぽん丸のオリジナルカクテルである「ポー
ト・ライト」「スターボード・ライト」を飲んだ。おつまみのスナック菓子が出てき
たが、偶然にもショップ「ブイ」(5階)で買ったのと同じコーン系のお菓子だった
ので、びっくりした。お酒を飲みながら船首部の窓からの波の音を聞くと、船旅での
夜の深まりを一層強く感じた。
22時30分から夜食。「今夜のおすすめ」として「おむすび三種」と書かれてい
たが、それを見て私は「3種セットだったら食べきれない」と思った。だが、好きな
種類を選ぶのでよかったからほっとした。主人には梅以外のおむすびを取った。豚汁
とフルーツも食べた。
この日には翌日のグアム上陸に備え、早めに寝た(23時22分)。
*12月30日(火)
5時15分、目が覚めた。5時31分時点でのにっぽん丸の位置は北緯17度03
分、東経143度36分。
朝食前、主人が過去の経験で「外へ出てみろ」と言ったので、4階のプロムナード
デッキへ出てみた。気温は28度と高く、夏服でも大丈夫なほどだった。
7時10分から「瑞穂」で朝食をとった。この日は洋食ビュッフェ(私たちが取っ
たのは、玉子とハムのクリーム煮、牛肉入り野菜炒め、グリルドベーコン、ソーセー
ジ、南瓜のサラダ、パン各種、カットフルーツ)。食後にコーヒーを飲んだ。
9時から10時30分まで、5階の「eカフェ&ライブラリー」のカウンターで、
主人はカプチーノ、私はピーチフレーバーティーを飲んだ。このライブラリーにはイ
ンターネットのできるパソコンがあり、実際にインターネットを利用している人もい
た。
ライブラリーには地球儀もあった。主人が地球儀を触った時、私は日本とグアムと
サイパンの位置を「ここだ」と教えたが、地球儀の凹凸が鮮明でないので主人には分
かりにくいようだった。
11時から11時45分まで、ドルフィンホールで、村元彩夏さんの指導による第
九の「歓喜の歌」の練習があった。翌日の年越しイベント「にっぽん丸のゆく年くる
年」に向けての練習である。今回のクルーズでは、音楽を聴くだけでなく、参加者も
実際に歌えるイベントがあったので大変嬉しかった。参加者一人一人に楽譜が配られ
た。ドイツ語と日本語で歌うのだが、ドイツ語の歌詞には発音と意味が書き添えられ
ていた。特に最初の"Freude"(フロイデ、「歓喜よ」という意味)の部分に注意して
歌うことを何度も指導された。「歓喜の歌」は16小節からなる歌だが、最後から3
小節目のリズムが難しく、「本番にきちんと歌えるのだろうか」と不安だった。だが
、村元さんの指導と辻田祐季さんのピアノ伴奏に従って、何度も繰り返し練習に取り
組んだ。
12時から「瑞穂」で昼食。年末にも関わらず暑いので、冷やし素麺や豚肉の湯引
きが出てきた。冷製の白桃のお汁粉は甘くてさっぱりしていた。
13時、水着に着替えてからプールへ行って泳いだ。その後14時15分まで、リ
ドテラスでハンバーガーとショコリキサーを食べた。グアム入港前で、リドテラスで
のグリルメニューのサービスが14時30分で終わるというので、慌てて食べた。
15時06分からラウンジ「海」で、ぬくもりアフタヌーンコンサートがあった。
出演は村元彩夏さん(ソプラノ)と辻田祐季さん(ピアノ)。ドイツ歌曲、イギリス
民謡、日本歌曲など、様々な国の歌曲が演奏された。
16時02分、南方にグアム島の北端が見えた。「いよいよ入港が近づいてきたな
」と感じた。
18時47分、にっぽん丸がアプラ商業港に入港した。デッキから入港の瞬間を直
接見ることができた。右舷側を向くと、な、何ともう1隻、にっぽん丸より大きな豪
華客船が停泊しているではないか!「いったいどこの船なんだ?」とびっくりした。
19時18分、ドルフィンホールでグアム入国手続きが始まった。右舷側からの入
口から入ってパスポートとグアム入国書類を受け取った。入国審査ブース、税関ブー
スへと順番に進んでいったが、私の番になった時は「何か質問されはしないだろうか
」と緊張していた。左舷側の出口で入国印の確認を受け、やっと出ることができた。
船内放送に従って、1階のサブエントランスで乗船証をスタッフに提示してからタ
ラップを降り、ついにグアム島へ上陸した。誘導員、誘導看板を目印にバスへと向か
った。その途中で、もう1隻の豪華客船が「飛鳥U」であることが分かった。「間違
えて乗ってしまいそう」(それは言える…)21時30分、バスが出発した。
アプラ商業港からバスで30分ほどかかるのだが、途中の道は真っ暗な上静かで、
高知県の仁淀川町や愛媛県の久万高原町の夜道を連想させるようだった。そんな真っ
暗な道中でも、LEDのライトアップや、まばらにある営業中の店の照明を見た時には
ほっとした。
タモン地区の市街地へ入ると、これまでの暗闇と静けさとはうって変わったにぎや
かな雰囲気だった。免税店(DFS)ギャラリアの近くの駐車場に到着してバスを降り
たのだが、バスが到着場所を誤ったため、ギャラリアまで歩いていくのに苦労した。
?ギャラリアの入口の近くでは、洋酒やお土産用のお菓子が売られていた。初めブラ
ンデーを買おうとしたが、種類が少なくて希望のものが見つからなかった。「サイパ
ンで買うことにしよう」と、洋酒の店を後にし、チョコレートの店へ行った。グアム
・サイパン・パラオ限定の絵柄のパッケージに入ったチョコレートを選んだ。3箱買
うと1箱同じものをサービスして貰える、というから、大変ありがたかった。レジで
お勘定をしてから、年末年始限定のプレゼントを貰った(苺のチョコレートがけ、チ
ョコレートヌガー)。
にっぽん丸への復路便は23時の1便しかないので、買い物を済ませてからすぐに
出口を目指した。出口までの道のりは遠かったが、やっとにっぽん丸のツアーデスク
を見つけ、ギャラリアを出ることができた。
帰船した時すぐに乗船証を提示し、左舷側へ行こうとしたが、そこは1階だった。
階段を上がって2階の部屋へ戻り、荷物を置いてすぐに夜食を食べた。
有光 勲
「癌検診は百害あって一利無し。早期発見、早期治療は早期死亡につながる。」
「えっ!そりゃ何じゃ?」と言う人が多いかも知れない。これは、元慶應義塾大医学
部専任講師で、現「近藤誠がん研究所」所長の近藤誠医師の著書に書かれていること
である。そのタイトルは「医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて元気に
長生きする方法」と言うものである。この本は2013年に高知でもブックスランキ
ングでしばらく上位を占めていた。1位になったこともあるからご存知の方もいるの
ではないだろうか。これは第60回菊池寛賞受賞作でもある。受賞の理由は私にはよ
く解らないが、近藤医師は自らの昇進をもなげうって、現在の医療界の問題点を徹底
的にえぐり出しているところにあるのではないかと思われる。それはひたすら患者の
ためを思ってのことであろう。治らないことがわかっていても無駄な手術を してい
る。全く効きもしない抗癌剤を平気で投与し続けている。全く意味のない、しかも有
害な検査ばかりやっている………。ではなぜそのようなことが平気で行われているの
か?それは医者や病院の利益のため、製薬会社や薬の認可にかかわる医師や官僚達の
思惑によるものである。江戸時代、武士が刀の試し切りをやって捕まれば張りつけ獄
門になったが、現在の外科医達はどんなにメスの試し切りをしても金になることはあ
っても決して罰せられることはない。またこのようなこともか書かれている。ある患
者についてのカンファレンス(検討会)で近藤医師が「もはやこの患者は手術の適応
ではないので放射線治療にすべきだ。」と言ったのに対し、外科教授が「そんなこと
言っていたら外科医が育たないではないか。」と言ったという。医大ではそんなこと
日常茶飯事と言うことか?この本を読んでいると胸がスカッとする所もあり、またな
るほどそういうこともあるのか、用心しなければいけないんだなと考えさせられるこ
とも多い。しかしながら、これは近藤医師の造語らしいが「がんもどき」理論にはど
うしてもついて行く気がしない。そのがんもどき理論と言うのはこうである。癌には
本物の癌とがんもどき(にせの癌、すなわち癌のように見えても癌でない)ものの二
つがある。内視鏡検査や顕微鏡で見て癌のように見えてもがんもどきなら転移もしな
いし命を奪われることはない。だから放置するのが一番よい。下手に手術したりすれ
ばその傷が元で命を落としたりすることにもなりかねない。一方、本物の癌であれば
、それはもはや助からないのだから、「こう言えば身も蓋もないが、癌と戦わず何も
せず静かに死を受け入れるべきである。」などと書かれている。本物の癌であれば肉
眼的にあるいは顕微鏡で見て「早期癌」と言われるものでも、それは人間が勝手にそ
う言っているだけであって、癌にしてみればもはや熟年にさしかかっている。だから
全身に転移しているのだから、見つかった所を切り取っても助からない。その手術に
よる弊害が残りQOLが低下するだけだ。すなわち「早期発見・早期治療・早期死亡
」と言うことになるのであると言っている。
私は、以前にも書いたが、10年前早期の食道癌が見つかり、2週間ほど入院して
内視鏡手術を受けた。食道癌は、癌の中でも最も恐ろしいものの一つである。私はお
かげで命拾いをしたと思っている。しかし近藤医師ならおそらくこのように言うに違
いない。「それは手術を受けて食道を傷づけただけ損をしたことになる。それが本物
の癌ならとっくに死んでいる。今生きていると言うことはそれががんもどきであった
からだ」と。「しかし、近藤先生、それだけは私は信じませんよ。だから毎年食道や
胃の内視鏡検査を受けています。」「まあ、それはあなたの勝手だ・・・。」となる
に違いない。
一方この近藤医師の「がんもどき」理論に真っ向から反論している著書がある。そ
れは兵庫県尼崎市の開業医長尾和宏医師の「医療否定本に殺されないための48の真
実」である。それによると本物の癌とがんもどきに分けられるような単純なものでは
決してない。グレーゾーンと言われるものも多い。早期発見は確かにある。そして早
期治療で多くの患者を助けてきた。近藤医師は放射線科医であり、早期癌に遭遇する
ことはあまりなかったのではないか。それよりがんもどき理論に惑わされて犠牲にな
った患者が何人もいる。しかし著者は何の責任もとらないだろう。長くなってはいけ
ない。これらの著書はサピエ図書館にあるのでぜひ読んでいただきたい。
ついでにもう一つ、高知出身で神戸市在住の勤務医、村田幸生医師の「医療否定は
患者にとって幸せか」もぜひ読んでほしい。あまり露骨に反論はせずかなり客観的に
書かれている。要するに検査を受けるにしても、治療を受けるにしても多様な情報を
受け入れ自分なりの判断をすること最も大切なことではなかろうか。
正岡 光雄
越前町商店街への点字ブロック、エスコートゾーン敷設についての高知市道路整備
課との意見交換会を2回にわたって行いました。
1回目は前号(237号)で報告しましたので今回は2回目の意見交換会について報
告します。
第2回目は6月25日(木曜)時から市民図書館中2階で行いました。参加者は本会
から7名、市道路整備課からは3名でした。
まず、市側から商店街の南北道に関しての説明で、新たな道路(東側)として2メー
トル、車道はこれまでの5.5メートルを縮小し、5メートル確保する。なお、セン
ターラインは除去するというものです。
その場合「ライン」除去の結果、車がすれ違う際に、歩道側ヘの車の踏み込みが懸
念されます。
これに対して、歩道と車道との境に縁石を設置してはどうかとの意見が出されまし
たが、他の参加者からの「つまずく」との異論で採用されませんでした。結局市側か
らの「境目」に青く塗った「グリーンベルト」設置が提案されました。
なお、「盲学校の存在や周辺学校の通学路になっており、スピード制限を行う」よ
う看板設置、夜暗くなるので、道に迷わないように山ノ端交差点にライト設置などの
意見が出されました。これらの案を元に警察と摺り合わせを行うそうです。
一方、郵便局から商店街までの歩道設置については、これから地元住民への説明が
行われるようで、一方通行になることへの住民側からの反発等も予測されますが、こ
の件で足踏みすることのないよう、商店街への施策を先行することを要望しました。
以上当初は難航が予測されておりましたが、私も町内会の方との意見交換を行い、
また今回道路整備課のお話を聞くにつけても商店街への歩道設置などについては町内
会としては好意的な感じを持ちました。
一方、盲学校〜郵便局経由で商店街への歩道の設置等は困難が懸念されます。しか
しながら商店街への施策は実現しそうです。
参加の皆様大変お世話様でした。
畠山 俊惠
全視協女性部の代表者会議が6月27、28の両日「東京都障害者総合スポーツセ
ンター」で行われ、畠山が出席。
会議に先立ち午後2時30分から学習会が行われた。参加者21名。
テーマは、「家電製品協会におけるユニバーサルデザインの取り組み」講師は、「
畠山初美」さん。
ユニバーサルデザインとは、年齢、性別、障害など多様な特性を持つ人が、ともに
暮らす社会でより安心して暮らしていけるように、環境、建物、製品、施設等をデザ
インすること。
ユニバーサルデザインに配慮した家電製品として、音声ガイド付きテレビ。手順や
エラー操作を音声でお知らせするIHクッキングヒーター。点字でボタン名を表示し
た洗濯機、食洗機、炊飯器、空気清浄機など。大きな文字表示のエアコンのリモコン
やファクシミリの画面。安全に安心して使える蒸気が出ない炊飯器。触れると止まる
扇風機。手入れがしやすく長く使えるフィルターの汚れを自動で取り除くエアコンな
ど、まだまだたくさんあるが、これらはホームページ上で紹介されているとのこと。
音声での指示に音声で答える「エアコンボイスコントローラー」を実際に操作させ
てもらった。「温度を上げて?」とリモコンに向かって話しかけると、「設定温度を
24度に上げます。」という風に答えてくれる。「これはわかりやすくてなかなかえ
いねえ。」と思ったが、私を含めほとんどの人の声に反応せず傑作だった。機械が好
む声と言い方があるのでしょう。
最後の意見交換では、日頃私たちが使いにくいと感じている家電製品への要望を出
し合った。せっかく点字表示や、メニュー部分に音声があってもその奧には音声がな
いので、結局使いこなせない。
・何十万もかけて購入したIH調理器の操作ボタンがスマフォタッチになっている
ことを買った後で知り、非常に苦労している。
・私が2年ほど前から使っているパナソニックの洗濯機には、液体洗剤を丸ごと1
本入れるタンクがあって、洗濯の水量にあわせて洗剤が1回分ずつ出てくるという優
れもの。しかし、「タンクの洗剤が少なくなったらランプでお知らせ」ということで
、視覚障害者にはそのすばらしい機能が全く使えない。それを音声かせめて音で知ら
せてくれるようにしてほしいと要望した。
家電製品協会からメーカーに対して「こうしなさい。ああしなさい。」という指導
はできないが、話し合いの中で「こういう風にしたらどうでしょう?」と言うことは
できるし、ここで出された貴重な意見は報告してくださるとのこと。
夕食後、6時から9時前まで会議が行われた。出された意見や決定したことをいく
つか書いてみます。
医療従事者に対し、障害の正しい理解と、適切な受け入れ体制を求めるために、啓
発パンフレットを来年の大阪大会までに作成予定。視覚障害者が医療機関を利用した
とき、どんなことで困っているかをイラスト入りで見てわかりやすいものにしたい。
大阪女性部の報告。女性部総会を開いたとき、昼食に非常食を食べた。経験してい
ないといざというときに困るので、自分で袋を開け、自分で水を注ぎ、待つこと1時
間!その間に災害時の備えについてそれぞれに話してもらった。おかずには開けてす
ぐ食べれる缶詰類、シーチキン・コーン・鯖缶・塩昆布などを添えて食べたが、結構
おいしかったとのこと。皆さんも1.17(阪神淡路大震災)3.11(東日本大震
災)9.1(関東大震災)などの日に非常食を食べると決めて、その分また新しい物
を買うという風にしてはいかがですか?「なるほど!それはいいかもしれない。」と
思った。
高知女性部は何とか存続が決まり、代表者会議にも出席したが、北海道の女性部が
解散したという報告があった。
第19回女性部大会について。2016年6月4、5日。会場は大阪堺市の「障害
者交流センター」。費用は1万4千円。記念講演は大阪らしく、落語家「桂文多」さ
ん(63歳、50歳の頃、網膜色素変性症で視覚障害になった)にお願いし、落語を
聞かせてもらった後に人生観など話していただこうと思っている。 大阪大会の話し
合いの途中で一日目は終了。
最近、どの会でも宿泊はシングルを希望する人が多くなった中で、女性部は今回も
4、5人ずつ4部屋に分かれての宿泊。入浴がすむと一つの部屋に集まり、ビールや
お菓子で交流会が始まった。全視協女性部ならではの楽しい雰囲気に会議の疲れもど
こへやら。
この会ではすっかりおなじみになった「畠山商店のアクリルタワシ」、「畠山さん
!今日『あれ』持ってきた?」と声がかかり、早速店開き。ずいぶん前から編みため
ていた33個のアクリルタワシはすべて完売し、店長もびっくり。売り上げ7950
円のうち2割は高知女性部の収入に。
二日目は、午前9時から11時20分まで会議が行われ、大阪大会の続きから話し
合いをした。
分科会は次の4分科会に決まった。
@視覚障害者にとっての65歳問題と、同行援護について
A視覚障害者が医療機関を利用する際のトラブルを避けるために
B平和について考える
Cカラーコーディネートについて学ぼう
代表者会議では異例の特別決議の提案が岡山から出された。緊迫した国会状況、安
倍内閣のやり方に私たちは断固反対!「戦争法案の即時撤回を求める」特別決議案を
岡山の岡崎さんが朗読し承認された。
最後に、「女性部活動の活性化」ということで意見交換を行った。各組織の状況を
順番に報告。女性部として活動をしているのは、福岡・大阪・埼玉くらいで、ほとん
どの組織がいろいろな事情で女性部としての活動が十分できていない。今回北海道の
女性部も突然廃部になってしまった。
全視協女性部の役員を引き受けてくれる人もなかなかおらず、欠員が1名のままに
なっているとのこと。「活動をするにはある程度使命感を持って望まないといけない
ので、しんどいと思うこともあるが、たまにみんなと会っておいしいものを食べなが
ら、いろんなおしゃべりをすることで元気をもらっている。」と役員の方の正直な思
い。
サイン問題にしても、65歳問題にしても、女性部だけで取り組むことではないし
、「女性部なんかなくてもいいのでは?」と言う男性もいるとか。しかし、「医療機
関でのこと、ヘルパーのこと、ATMのことにしても最初は女性部大会から出た要求
。全視協の活動の中で女性が上げた声が成果に結びついているというのは認められて
いることだし、そういう意味からも大事な集まりではないかと思う。」と部長の浜田
さん。
「女性部活動の意義を再確認できた!」と胸を張って言えるような感じではなかっ
たが、「厳しい状況の中でみんながんばっていますよね?大変なら大変なりにこれか
らも地道な活動を続けていってほしいです。」と最後に浜田さんがおっしゃって会議
を終了した。
山崎 辰雄
「守る会の会費は高い」という声をよく聞きます。サラリーマンのように毎月お金
が入ればいいのですが、年金だけで生活されている方は、2ケ月毎ですから、さぞか
し生活が苦しいことだと思います。
その事はよく分かるのですが、一方守る会やその親団体である全日本視覚障害者協
議会(全視協)の活動には当然ながらお金が掛かります。詳しくは申し上げられません
が、守る会や全視協は他団体ではできないようないくつかの成果を挙げてきました。
個人一人ではどんなに頑張っても様々な要求実現は難しいでしょう。やはり団体によ
る行動が不可欠です。会計担当の私としましても大変つらいところですが、どうかこ
うした事情をご理解いただきまして、会費の納入にご協力下さいますようお願い致し
ます。
次に、もうご存知だと思いますが会費の額を改めて記載します。( )内は全視協へ
の上納金です。
正会員 10000円(6000円)
夫婦会員 16000円(9600円)
学生会費 5000円(3600円)
賛助会費 2000円(0円)
これをご覧いただければお分かりのように、皆様からお預かりするお金のうち、守
る会では3分の1しか使えないということです。全視協としましても財政的には決し
て豊かではありません。上納金の値下げを訴える訳にはいかないでしょう。
ここで、年金生活されている方に私からの提案を一つさせて下さい。1度に会費を
納めるのは大変だと思います。そこで守る会のための貯金袋のようなものを構えてい
ただき、年金を受け取った時に、例えば2000円ずつぐらいその袋に入れていって
いただけないでしょうか。その都度送金していたのでは振込料も掛かりますし、また
会計の処理も難しくなります。会費の額に達したとき納めていただけないでしょうか
。
思いつくままに勝手な事を言ってすみませんが、どうか守る会や全視協を維持発展
させていくために再度よろしくお願い致します。
* なお、女性部の賛助会費は、2000円で、現在6人の方が入ってくれています
。男性もいます。このお金は、全て全視協の女性部に収めております。
今年度最初の会報をお届けします。今回は、いつもより多くの方々から原稿を寄せ
ていただきました。ありがとうございます。
次号は、10月ごろに意見交換会(自治体交渉)報告集を発行する予定です。
そして、それが終わりますと、以前にも申しましたが、「守る会結成50周年記念
誌」の編集に取りかかります。遅くとも11月か、12月はじめごろまでには発行し
たいと考えております。原稿の執筆などご協力をよろしくお願いします。
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