時は200X年(4)
松田哲昌
タクシーが来た。運転手は名うての反共で鳴らした男だった。
「先生、今朝の新聞見たかよ」
「見てないよ。テレビは見たけどね」
「新聞を見たら何やら総理や官房長官やら、防衛庁長官の写真が載ってたが ・・・。その後は新聞全体に番号と名前ばかり、べったり載ってたがあれは何やろね」
「たぶん自衛隊の手伝いをさせるために、政府が呼び出しをかけたんだろうね。若い連中や医者や看護婦など、学校でボランティアなどやってた、いや、やらされてた人たちだろうね」
「ボランティアが悪い事かね」
「悪い事じゃないけどね。自分から進んでやるのが ボランティアだろう。この頃は強制的にちかいやり方じゃないかね。参加しなかったら退学にするとか」
「みんなのために奉仕する事だろうがなあ・・・。それで、あの番号と名前は誰が選んだのかなあ。うちの孫は看護婦をしていて、ボランティアを熱心にやってたけど」
「そう。決めたのは政府だよ。何年か前にあなた達が賛成して作った、ほら、住民基本台帳の法律があったね。あれを利用したんだろうね」
「じゃあ、わしの孫も呼び出されてるのかなあ」
「たぶんね。帰って新聞を見たら」
「危ない所へ遣られるんじゃないやろね」
俺はこの男をちょっといびってやる気になった。
「昔昭和の時代に従軍看護婦と言うのがあって、看護婦も兵隊といっしょに戦場に遣られた事は知ってるだろう」
「うん、内のばあさんなんかも行ってたと聞いたけど」
「ことによると看護婦も、そんな風になるかも知れないね」
「わしの孫もかね」
「ないとは言えないよ。とにかく今は非常事態法発令中だからね。もし断ったら軍法裁判だろうな」
「そんな、むちゃな!。」
「むちゃなのは無理やりそんな法律を作った、あなた達の政党じゃないかね」
運転手は急ブレーキと急ハンドルを斬った
「あの時はそんな風には、上の人は言わなかったぞ。国を守るために全員一致してやるのが当たり前と言ってたぞ」
「じゃあ、何から国を守ると言ってたかね。どこかの外国が攻めて来るとでも言ったんじゃないかね」
「どことははっきり言わなかったけど、とにかく国を守るんだと・・・」
「じゃあ、あなたのお孫さんが危ない目に遭っても、それはあなた達が決めたんだから大いに賛成すべきじゃないかね」
「それとこれとは話が違うよ」
「どこが、どう違うんだね」
「孫が危ない目に遭うとは聞いてなかったぞ!」
「でも実際にそうじゃないかね。あの年、あの法律に反対した俺たちを非国民だ、売国奴だなんて言って、ポスターをやぶったり、ビラをポストから抜き取ったり、夜中に脅迫電話や無言電話を掛けてきたり、選挙の時には出所不明の謀略ビラを撒いたりしたのはあなた達じゃないかね」
「それは上の人がそうしろと言ったからだよ」
「じゃあ、あなたの孫が危ない目に遭ったら、その上の人にでも文句を言うんだな」
タクシーが駅に着いた。 (続く)
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