時は200X年(5)
松田哲昌
佐川駅は小さいけれど特急列車も停車する
駅に着くと一種異様な、すこし殺気立った様子だ。
「なぜ大阪まで行けないんだ」
「切符は買ってあるのに東京に行けないと、うちの会社は倒産するんだぞ」
大勢の待合客に、いつもはすまし顔の美人(?)のパートの駅員は泣きそうな声で、「すみません、わかりません」を繰り返すだけだ。
俺の頭を同じ光景が過ぎさった。1995年、俺は友人を送って、ここに来た。まったく同じだ。理由も言わずに、
「東京、大阪方面には行けません」を繰り返す彼女。
あれは阪神淡路地方をおそった大震災の朝だった。
俺は人垣を掻き分けて窓口に行った。
「こんなにみんなが騒いでいるんだ。何かわかっている事があったら知らせてあげたら、すこしは納得するんじゃないですか」
「あのう、そのう。瀬戸大橋が通行不能になっているんですけど」
「じゃー、そう説明したらどうですか?」
彼女はしばらく考えていたが、マイクを取り上げると、
「ただ今入った連絡によりますと瀬戸大橋が通行止めになっています。本州方面には列車がまいりませんのでご了承願います。」と、いつもの調子で放送した。
これが中年女性の強さなのかと俺は感心したりしたが、そんな猶予はない。
その時、俺の肩を突っつく男がいた。
「やー先生、いよいよですね」
そいつは同じ運動仲間の今井だった。
「奴らは瀬戸大橋まで占拠したんですね」
彼は小声で言った。
その時下りの普通列車と上りの特急列車が同時に到着した
「今井君、どこまで、?」
「飛行機で大阪まで」
「じゃー、一緒に行くか」
駅の切符自動販売機は灯りが消えて動かない。窓口で取りあえず空港に近い後免駅までの切符を買って特急に乗り込んだ。
「用件だけを言います」
今井は俺の耳元で早口に言った。
「この事態では電話も携帯も全て当局に傍受されていると思います。会話には十分気をつけて下さい。今、政府を動かしているのは、『国防推進連盟』と言う右派の組織です。 郵便も今は民間会社で、封書は危険です。
宅急便なら少しはましかと思います。ぼくには先生にお世話になっている、伯母の今井紀美子宛に送って下さい。ぼくは妹に送ります
妹の節子が先生に届けますから」
彼はそう言うと席を立って離れて行った。
事態はそこまで来ているのか!
列車は後免駅にすべりこんだ。
(続く)
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