「みちしるべ」2004年9月号より

時は200X年(9)
               松田哲昌

 数年前、高知駅は高架になっていた。プラットホームは2階にあり、その下を広い道路と路面電車が貫いて北山に向かって伸びていた。近々予想される南海地震の津波を嫌って北山の正蓮寺、円行寺、鴻ノ森など高い所は住宅地になり、旧市内の資産家あるいは借金をした人々が争って移住してきた。
 ホームから下りるエレベーターも階段も若者たちで溢れかえっている。皆、一様に日の丸と名前と住基ネットの下4桁の数字が入った名札を左胸にぶら下げている。もちろん、キオスクのレストランの前も長い行列で入れそうもない。
 仕方なく、売店に入った。「缶ビール下さいよ」「アルコール類は今朝メーカーが引き上げていってここにはございません」
 顔見知りの店員が当惑したように言った。
「じゃあ、何でもいいからドリンクを」俺は缶を持ってまた階段を上がろうとしたが・・・。
「もしかして桟橋まで行けば船があるかもしれない」
 電停に停まっている電車に乗り込むと、運転手がやって来て「この電車ははりまや橋でしかいきません。」「どうして?」「そこから先は警官と軍隊がいて通行止めなんですよ」
 やっぱり奴らは高知港まで占拠したのか。こうなったら仕方ない。とにかく家に戻るしかない。
 駅の階段に足をかけた途端に、俺の肩をつかむ奴がいた。振り向くと、例の名札をつけた若者だった。彼は俺を階段の下に引っ張っていき、小声で聞いた。「僕たちはこれからどうなるんでしょうか?」「どうなるって?
あんたどこからどうやって来たの?」
 「今朝宿毛の市役所に電話で呼び出され、行ってみたらこの名札を渡されて・・・それから臨時列車で今着いたんですよ。」
 「で、どんな人が呼び出されたんだ?」
 「工業高校の先輩の、電気の仕事をしている人や、土木の会社のブルドーザーの人や
・ ・・」「うん、それから・・・」
 「途中、中村・窪川・須崎・佐川、それから伊野駅でだんだん人数が増えて・・・ 看護婦さんや医者や薬剤師や・・・ 列車は満員でしたよ」
 「やっぱりなあ。それで何か車内放送があっただろう?」
 「12時に高知に着くから個人で昼食をとって15時までに県庁前広場に集合。時間厳守。遅れたり文句を言ったりしたらやばいことになるよ」
 「なぜそんなこと知ってるんですか?」
 田村というその青年は不安げに聞いた。俺はその場を振り切るように階段を上った。可哀そうに彼らはその技術ゆえに駆り出されてまさか国外にはやられないだろうが・・・。この東亜戦争の後方支援として軍隊や米兵の負傷者の治療や看護とか道路の補修や陣地の建設とかで庶民の家々を立ち退かせ、破壊するつらい任務に就かされるのだろう。
 その時俺の手首をつかむ奴がいた。「あんたは誰だ?」「公安2部だ。ちょっと話を聞きたい」
 公安2部は極秘につくられた組織で、昭和のあの時代の特攻警察の復活版である。
                続く



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