時は200X年(10)
松田哲昌
「公安2部が俺に何の用だ」
「あんた、後免駅から龍馬空港へ行こうとしただろう」
あっ!こいつ、あの警官の横にいた奴だ!
「あの時、軍の人と何か話しただろう」
こいつ、俺と村田としおのことを見ていたな。
「話なんかしないよ。喧嘩はしたがね」
「あれは村田という男だ。知ってるだろう」
「知らない男だよ。それがどうした」
「まあそれはいいか。それからさっき階段の下で田村という男と何を話していたんだね」
「聞かれたことに答えたけど」
「何を聞かれてどう答えたんだね」
「忘れたよ。その田村とかいう男に聞けばいいじゃないか」
「もう聞いてきたよ。あんたからも聞いておきたいんだがね。」
「なぜ俺にそんなこと聞くんだ」
「あんた越知町だね。『赤旗』読んでるだろう」
ああ、そうか。今朝乗ったタクシーの運転手か。ちょっといびってやったから意趣返しに俺を密告したんだな。
「だから、それがどうだというんだ」
「聞いているのはこっちだぞ」
公安2部の男の声が威丈高になってきた。
「だからちゃんと答えてるじゃないか」
「何だったら署まで来てもらおうか」
「行ってもいいがそれは任意かね。それとも
逮捕状でもあるのかね」
「知らないのか。公安2部は令状なしでだれでも引っ張ることができるんだぞ」
あっ!忘れていた。公安2部はそんな権限を持っていたんだ。
「まあ、今はそれくらいにしておくか。忘れるなよ。あんたにはいつでも公安の目が光ってるんだぞ」
「俺が何をしたというんだ。いくら監視しても何も出やしないさ」
その時、下り列車が入ってきた。俺は彼の手を振り切って乗り込んだ。
佐川駅で駐車していたタクシーに乗ろうとしたが運転手がドアを開けようとしない。助手席のガラス越しに覗いてみると今朝の運転手だ。バツが悪いのだろう。
家に着くと急に空腹に襲われた。冷蔵庫から缶ビールを出してテレビの前に座る。
日本シリーズをやっている。もう随分前に選手会がストまでやって約束させたプロ野球の改革も結局は進まず、新規に参入した球団も程なく経営難で撤退し、とうとう1リーグ制になってしまったのだ。何だか気の抜けたビールのような試合で、興味も失せてしまった。
2本目のビールを取りに冷蔵庫へ行くと、残り少ないことに気がついた。酒屋に電話で注文すると、「申し訳ないけど、ビールはこれから割り当ての本数が決まっていて、自由には売れないんです。各家庭に割り当てられた本数も今までの量から言うと半分くらいになりますよ」やれやれ、ビールまでまるで配給だな。「それから、日中の飲酒と家庭外での飲酒歩行も控えるように消費者に伝えるよう、業界に通達があってね」
「じゃあ、飲み屋もカラオケも事実上営業禁止かね」
「はあ、それでこちらも困っているんですよ」
受話器の向こうで酒屋の親父がため息をついた。今朝のテレビの放送がじわじわと真綿で首を絞めるように押し寄せてくる。言い知れぬ恐怖を生ぬるいビールと一緒に飲み込んだ。
続く
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